持続可能な環境・社会・経済を目指すサステナビリティという考え方が世界中で広がっています。このコラムでは、毎日の衣・食・住・遊を幸せにするサステナブルアクションを紹介します。今回は、歴史ある建築を現代に合ったかたちで活用しながら未来に受け継ぐ「アダプティブリユース(Adaptive reuse)」の取り組みを取り上げます。
目次
- スクラップアンドビルド型の都市再生で、近代の名建築が姿を消していく
- 街中の”生きたアート”である近代建築を、現代に合わせて活用しながら未来に受け継ぐ
- 近代建築を楽しむアートスポットやアートイベントが、日本でも生まれている
- おわりに
スクラップアンドビルド型の都市再生で、近代の名建築が姿を消していく
空高く澄みわたり涼しい風が吹く季節になりました。芸術の秋ですね。そんな秋晴れの一日に、歴史ある建築を巡るお散歩に出かけてみませんか。歴史ある建築というと、京都や奈良の寺社仏閣が有名ですが、20世紀前半に生まれた近代建築に目を向けると、日本各地に名建築が存在します。
2016年、東京・上野公園にある国立西洋美術館(写真1)が世界遺産に登録されました。国立西洋美術館本館は、近代建築の巨匠と呼ばれる、20世紀を代表する建築家ル・コルビュジエが設計した建造物です。ル・コルビュジエの建築は日本の近代建築に大きな影響を与え、コルビュジエの弟子たちによって名建築が次々に生まれました。例えば、東京・上野公園にある前川國男が設計した東京文化会館や東京都美術館などが有名です。
写真1 国立西洋美術館
しかし、日本は地震の多い国であることもあって、老朽化した建物を壊して新しい建物に置き換えるスクラップアンドビルド型の都市再生に偏りがちで、近代の名建築が失われつつあります。東京五輪の再開発で旧原宿駅が解体され、東京・丸の内のシンボル的存在だった前川國男設計の東京海上日動ビル本館(写真2)の解体工事が始まったのは記憶に新しいところです。
写真2 東京海上日動ビル本館(左の茶色の建物)
このようにスクラップアンドビルド型の都市再生によって、歴史的・文化的価値のある近代建築が姿を消していく現状に対して、歴史的な価値を残しつつ現代に合う価値を加えて活用していこうとする「アダプティブリユース」という概念とその取り組みが、いま注目されています。
街中の”生きたアート”である近代建築を、現代に合わせて活用しながら未来に受け継ぐ
建築の「アダプティブリユース」とは、文化遺産を“生きた”伝統文化・生活様式・文化的空間や環境として受け継ぐリビングヘリテージ(Living Heritage)の考え方にもとづき、歴史ある建築を現代に適応させながら活用して受け継いでいくことです。
海外のアダティブリユースの例では、イタリア・ミラノ南部に1910年代に建てられた蒸留所を保存しながら増改築した、プラダ財団のアート複合施設が挙げられます。プラダ財団のアートコレクションを展示する美術館を中心として、レストランやバーも備える建築複合施設となっています。
また、台湾の華山1914文化創意産業園区は、日本統治時代の台湾で建築された酒造工場を、工場としての役割を終えた後に歴史的建造物として保存・再利用し、ライブ、レストラン、ショッピングなどを楽しめるアートスポットとして蘇らせています。
既存の建造物の寿命を伸ばすアダティブリユースは、古い建物を壊して新たに建てるよりも、建設にかかるCO2排出量の削減、廃棄物の削減、資源の節約などを実現できる環境にやさしい建築プロジェクトです。そして、歴史的・文化的価値のある建築を現代に合ったかたちで使い続けることは、文化財を未来へ継承するサステナブルアクションと言えます。
近代建築を楽しむアートスポットやアートイベントが、日本でも生まれている
近代以降の歴史ある建築を現代の文脈に合ったかたちで受け継いでいく取り組みは、日本でも広がりつつあります。街中の“生きたアート”である名建築を楽しめるアートスポットやアートイベントを紹介します。
アルモニービアン
長野・松本城内に佇む「アルモニービアン」は、ブライダル大手の株式会社テイクアンドギヴ・ニーズが運営する、昭和12年に建設された旧第一勧業銀行ビルを保存・改装したレストランおよびウェディング会場です。2007年に登録有形文化財に指定された優美な空間で、カフェやレストランを楽しむことができます。
上野桜木あたり
かつて、江戸城の鬼門を守るために建立された寛永寺の境内だった上野桜木エリア。昭和13年に建てられた三軒家を、天然酵母のビアホールや手作りパンのお店、コミュニティスペース、クリエーターの住居などが集まる複合施設として再生したのが「上野桜木あたり」です。地域の手作り文化・食文化・芸術文化の発信や交流の場となっています。
SCAI THE BATHHOUSE
東京・谷中にたたずむ歴史ある銭湯「柏湯」の銭湯建築を、現代美術のアートギャラリーとして受け継いでいるのが、「SCAI THE BATHHOUSE」です。天井の高い浴室部分を改装したギャラリーとともに、建物の外観や内部に銭湯だった頃の面影が残るノスタルジックな空間を体験できます。
京都モダン建築祭・神戸モダン建築祭
2023年11月には、近代以降に建てられたモダン建築に実際に触れて楽しむ建築公開イベントが、京都・神戸で開催されます。歴史的な建築や有名建築家の名作を一般公開する取り組みで、見て、入って、その空間を体験できます。
また、いくつかの美術館では、美術館建築を楽しむツアーが実施されています。展覧会と建築ツアーの両方を楽しんで、芸術の秋を満喫することができます。
国立西洋美術館・東京都美術館の建築ツアー
日本を代表する美術館・博物館・大学が集まる東京・上野公園は、近代の名建築の宝庫です。ル・コルビュジエ設計の国立西洋美術館や前川國男設計の東京都美術館では、展覧会だけでなく建物そのものを楽しむ建築ツアーが定期開催されています。
おわりに
芸術の秋。身近な街にたたずむ近代の名建築を訪れ、大切に受け継がれてきた建物の歴史や建築文化を知り、街中の”生きたアート”を楽しむ。お天気の良い日に、そんな建築散歩に出かけませんか。