ウェディングスタッフが見た　 心が震えたウェディングエピソード２「優しい記憶」

「幸せになれよ」
このたった一言でさえ、うまく伝えることができないお父様も少なくありません。
娘に伝えたいことがあるのにもかかわらず、恥ずかしくて言葉にできない。
母と娘の関係以上に、父と娘の間にはすこし距離があるのかもしれません。

たとえば、挙式の時、自分の腕から娘の手が離れ、新郎のもとへと一歩踏み出した娘を目で追うお父様、
その後ろ姿を見るたびに切なくなります。
けれども、言葉にしなくても伝わる想いもある、
そして、それを言葉にした時に起きる奇跡があることを実感した結婚式がありました。

この物語の新郎様・新婦様は、すでにハワイで挙式をされており、改めてご披露宴を日本でされる予定でした。
担当ウェディングプランナーの私もハワイ挙式の様子をビデオで見せていただく機会がありました。
その中で特に印象に残ったのは、新婦様のお父様の表情でした。
バージンロードを歩くお父様は笑顔というよりも、何かをこらえているような顔をされていました。
その表情から、もしかすると娘に何か伝えたい想いがあるのではないかと私は感じました。
お父様の表情が頭に残った私は、挙式では伝えられなかった想いがあれば、
ご披露宴の中で新婦様へ伝える時間をおつくりできないかと考えました。
もしかしたら断られるかもしれません。
それでも、お父様のあの表情には何かがあると思い、お父様に直接
「嫁ぐ娘へ伝えたい想い」
をお手紙に書いていただけないか、お電話でお願いをしました。

「お父様から娘さんへ伝えたい想いをお手紙に書いてもらえませんか？」
すると、お父様は

「娘に伝えたい想いか……」
と少し考え、

「伝えたいことがありすぎて……うまくまとまるかな」
と、照れくさそうにおっしゃり、それでも前向きにお手紙を書いてくださることになりました。

そしてご披露宴当日、お父様のもとへご挨拶に伺いました。

「お父様、お手紙……書いてきていただけましたか？」
そう、お訊ねすると、

「ああ、何とか……」
と、恥ずかしそうに胸ポケットから取り出したのは、 綺麗な封筒に入れてある清書されたお手紙と、
くしゃくしゃになったお手紙。
そのくしゃくしゃになったお手紙を見て、思わず胸が熱くなりました。
何度も書き直した跡があり、何度も読み返し練習したお手紙です。
私はそのお手紙にこそ、新婦様への溢れる愛情が込められているように思い、

「もしよろしければ、何度も書き直して練習もされたお手紙を読まれてはいかがですか？」
とご提案しました。
実際に読む時にはその書き直した跡はゲストからは見えません。
けれども、お父様の想いが詰まったそのお手紙を手にして読むことに意味があるように感じたのです。

そしてご披露宴の終盤。
通常であれば、花嫁からお手紙を読み上げる時間。
ですがこの日は違いました。
司会のコメントと共にご新婦のお父様にスポットライトが当たります。

「ここで、新婦様から感謝の気持ちを込めてご両親へお手紙を……
とご紹介したいところですが、その前に新婦様のお父様が新婦様に向けて
お手紙をしたためられたそうです。」

お父様がいそいそとお手紙を取り出すと、会場はあたたかい雰囲気に包まれました。
お父様が手紙を読み始めると、会場は水を打ったように静まりかえりました。

「君の命を授かったとわかった時、嬉しくて、嬉しくて仕方がありませんでした」

「幼い頃はおてんばだった君、怪我をしないか毎日気が気ではありませんでした」

幼少時代の思い出話を語るお父様の口調は優しく、新婦様への愛がにじみ出ていました。

そしてお父様は、続けてこんなエピソードをお話しになったのです。

「君は小学生の頃、学校でいじめにあっていましたね」

そのたった一言で新婦様の瞳から、大きな涙がこぼれ落ちました。

「毎日泣きながら帰ってきて、学校に行きたくないと駄々をこねる君。
けれども、甘やかしてはいけないと厳しく叱ってしまったこともありました。
君はいつも泣きながら布団に入っていましたね。
けれど、眠りについた後、きみの寝顔を眺めながら、
この子だけは何があっても守りぬかなくては、
どんなことがあっても自分は絶対にこの子の味方でいようと、
涙の跡が残るほっぺを撫でながら、毎晩のように心の中で語りかけていました」

温かい拍手がふたりを包み込みました。

今度は新婦からお父様へのお手紙です。
新婦様が手紙を読み始めたとたん、会場は驚いたような空気に包まれました。

「私は小学生の頃、学校でいじめにあっていました。」

「辛くて、辛くて、学校に行きたくなくて、
そうお父さんに伝えると厳しく怒られたこともありました。
本当に悲しくて、毎日泣きながらお布団に入りました」

「でも、毎日泣きながら私がお布団に入ってしばらく経つと
お父さんはいつもそーっと襖をあけて、私のお布団の横に寝転がって、
しばらく私の顔をじっと見ていました。
そして必ず私のほっぺを何度も撫でてくれましたね。
そのお父さんの手があったかくて優しくて……。とても安心しました」

「お父さんのいろいろな想いが伝わってきて、明日も頑張ろうと思えました」

そして新婦様は顔を上げ、お父様の方をまっすぐに見て続けました。

「お父さん。
お父さんはきっと今日まで私がすっかり寝ていると思っていたかもしれないけど、
本当は私、毎晩起きていたんだよ。お父さん……あの時はありがとう。」

そう言うと、新婦様は涙を堪えながらにっこりお父様に笑いかけました。
今度はお父様が顔を覆って、涙を流す番でした。

魔法が解けたかのように明かされた、父と娘の優しい記憶。

幼い娘の頬を撫で、優しく心の中で語り掛けるお父様と
寝たふりをしながら、そんなお父様の気持ちを嬉しく感じている幼い頃の新婦様。
そんな姿が鮮明に浮かんできて、私も会場の隅で涙が止まりませんでした。
お互いを想う父と娘の愛情は確かに通じ合っていたのです。
会場のゲストの誰もがこの父と娘の温かいやりとりに涙を浮かべ、ふたりにおくる拍手はいつまでも鳴りやむことはありませんでした。

結婚式が終わった後、私は新婦様に訊ねました。

「お父様のエピソードと新婦様のエピソードが重なった瞬間、
鳥肌が立つほどびっくりしました。あれはお父様のお話を聞かれて急きょ話されたのですか？」

「いえ、違うんです。父との思い出を手紙に書こうとした時にまず思い出したのが
あのほっぺを毎晩撫でてくれていたことでした。
ずっと感謝していて、いつかありがとうと言いたかったんです。
だから一番伝えたいこととして手紙に書きました。まさか父も覚えていてくれたなんて」

「同じことをお互いに思い出すことができたことは奇跡のようで、とても嬉しかったです。」
と、笑顔でおっしゃっていました。

私はそんな新婦様の笑顔をみて、お父様にお手紙を書いていただいて本当に良かったと心から思いました。

お父様のお手紙は、おふたりの新居のリビングに、額に入れて飾られているそうです。